仏心と悟り(寺報より)
- 合掌

- 2025年9月22日
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たまに、「仏心とは何ですか?」とかあるいは、「悟りとは何ですか?」と質問されることがございます。その時は、私は嬉しそうに微笑んで、実は私もよくわかりません、なので一緒に考えてみましょうか。といった具合でその場から逃げるように話を終わらせていました。今回は、その質問に対して少しだけお話させて頂きます。
まず、仏心についてです。仏心とは、仏の心と書きます。簡単にいえば、慈悲みたいなものです。わかりやすく説明しますと、例えば目の前で急に人が倒れたとします。すると、大丈夫ですかと手と差し伸べると思います。それこそが、仏心です。そして、これは誰もが持っているものであります。しかし、あれこれ損得を考えてしまうと忘れてしまったりします。しかし、また思い出して頂ければいいのだと思います。自分を第一に考えることは悪い事ではありません。ただ、余裕があるときはすこしでも仏心を思い出して頂きたく切に願っております。
次に悟りです。悟りとは、仏教において人間の根源的本質と捉えています。
悟りに関しては、小職の主観的な考えですので、これが正解の限りでもありませんので、ご了承ください。
悟りとは、物や出来事、現実、自分自身、つまり、あらゆるすべてのものを「あるがままに」に受け入れると言う事です。
人は、日々の生活に於いて、いろいろな知識を取り入れます。年を重ねていけばいく程、知識や経験があり、知恵というものもあるでしょう。他方、先入観や思い込みなど主観的に物事を色眼鏡で見てしまうものです。
逆に、赤ん坊は無垢であります。無垢であるが故、この世をあるがままに見ることができます。
禅の修業では、座禅をすることによって、年を重ねた分知恵と垢が溜まった自分を、垢を一つ一つ研ぎ落とすことで、あるがままに、この世の真実をみること、これこそ悟りの境地であるとしてそこを目指しています。

