冷暖自知(坐禅会法話より)
- 合掌

- 2025年1月29日
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更新日:2025年9月11日
この「冷暖自知(れいだんじち)」の言葉は有名な禅語の一つであり、自分自身で体験することの重要性を説いた言葉です。
「情報」と「知識」という言葉がございます。この二つは似て非なるものであると言えると思います。あるいは、聞いた「知る」と体験した「知る」の内容は別物であるとも言えると思います。
誰かが体験した出来事をきいてたとえそれがどれほど共感でき想像できることであったとしてもその体験談は自分の体験談になることはありません。
例えは、温泉で誰かが「いい湯加減だったよ」と言うとします。それは、その人の好みの湯加減であり、その人の主観でのことであります。
人は自らの体験を述べる時、主観としてしか述べられないのです。つまり、客観的事実に主観がのっかっているからです。
「体で覚えたものは時がたっても忘れない」という言葉を耳にすることがあるかと思います。最短の時間で無駄なくという効率を求め、効率よく覚えたものは効率よく忘れます。
しかし、失敗を重ね、不器用で無駄が多い人がいるとします。一見すると回り道のようだが、本当は最短の道を歩んでいるのかもとも思います。
なぜなら、会得した人はそれが借り物ではなく自分の身についているからではないでしょうか。水が冷たいか暖かいかは、さわればすぐわかります。頭で考えず、また考えるばかりではなく、まずはやってみなさいという教えになります。

